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第50話 慎むべき昂揚

Auteur: 青砥尭杜
last update Date de publication: 2025-03-18 22:46:03

 ビタリ王国の国防を担い軍事力を示す象徴的存在でもある筆頭魔道士団を率いて、トリアイナ魔道士団の首席魔道士ウアイラが王都ロームルスで国王と王族の殺害に及んだという意味では、クーデターに近い謀反を起こした一八八九年の大晦日の早朝。

 地球でのイタリアと酷似した国土を持つビタリ王国で、中部に位置するイタリアの首都ローマとほぼ同じ位置にある王都ロームルスから北西に四百キロメートルほど離れた、イタリアでいえばジェノバとほぼ同じ位置に国土を有すウァティカヌス聖皇国でも一つの事件が起こった。

 サン・フィデス大聖堂からも程近い聖皇国の中心地にあるホテルの二階に、旅行客に扮したシャマルの姿があった。

 ビタリ王国の第三王女であるソフィアが滞在する客室の前に立ったシャマルが「ラーミナ・ウエンティー」と最小限の声量で詠唱を済ませる。

 自身が放った風の刃によってドアを破壊し、客室へと押し入ったシャマルを待ち構えていたのはイフリータだった。

 火属性の召喚獣の一種である魔人イフリータは身の丈二メートルほどの女性の姿をしており、艶めかしい褐色の肌が透けて見える薄衣だけを纏わせている。

 眼前にイフリータが立っているという想定外の事態に目を見開いたシャマルは「ここは一旦退くべきだ」と咄嗟に判断した。

「ラーミナ・ウエンティー!」

 シャマルが詠唱しながらイフリータに向けて右手をかざし、風の刃を射出する。

 凄まじい速度で迫る風の刃を、その軌道を読んだイフリータが炎を纏った拳で殴り飛ばす。

「くっ……クッレレ……」

 イフリータが難無く霧散させた風の刃を見て、逃走の時間稼ぎすら許されない焦りのまま自身を加速する魔法を詠唱しようとするシャマルに素速く接近したイフリータが、驚愕の表情を浮かべる横っ面を拳で殴りつけた。

 物凄まじい威力の打撃によってシャマルは吹っ飛び、壁に打ちつけられる。

 頸椎の骨折によって即死したシャマルを見下ろすアルトゥーラの視線は、蔑みを隠さない冷えきったものだった。

「魔道士でありながら、その誉れを捨てて暗殺の真似事など……しかも殺気すら完全に消すことができない暗殺者もどき。戦場とは違う儀礼も制約もない戦闘への対応もお粗末ときた……」

 アルトゥーラが侮蔑を口にしながらイフリータの召喚を解除すると、隣の寝室から恐る恐る顔を出したソフィアがか細い声でアルトゥーラの名を呼んだ。

「アルトゥーラ卿……?」

「早朝からお騒がせしました」

 アルトゥーラはサッと表情を笑顔に変えて、アルトゥーラへと振り向いてみせた。

「いえ……その男は?」

「アサシンの類いです。ご安心ください。もう死んでおります」

「アサシン……」

 ぼそりとつぶやきながら中肉中背の中年男性であるシャマルの死体を見たソフィアは、驚きを隠さずに死体となった男の名を口にした。

「シャマル卿……!」

「ご存知の男でしたか」

「あ、はい……トリアイナ魔道士団の第八席次。シャマル卿です。どうして……シャマル卿が……?」

「そうですか……ソフィア殿下。本日の予定はキャンセルといたします。しばらくは宮殿に」

「わたくしが、なぜ……ビタリで、一体なにが……」

「分かりません。ですが、今は御身の安全が最優先です。ご安心を。聖皇国の宮殿は世界でも最も安全な場所です」

 アルトゥーラは十六歳とは思えぬ落ち着いた声で、ソフィアを安心させるように言った。

 十四歳にしては幼さを残すソフィアが無言でうなずく。

 筆頭魔道士団の第八席次であるという男の行動に、アルトゥーラは政変の匂いを感じ取った。

 ウァティカヌス聖皇国をその国土の中に含み、歴史ある西方の列強の一つとして数えられるビタリ王国の一大事に対して、どこか昂揚している好戦的な自分がいることを認めたアルトゥーラは胸のうちで自身を戒めた。

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